170506

山形県の合宿免許が首都圏の若者から熱い支持を得ていると知ったのは30年前だか、最近ひょんなことから再認識した。それは、三月以降に山形県内で流行したはしかだ。発端は置賜地域の自動車教習所だった。日本土着のはしかは国内で確認されておらず、集団感染の原因は海外から持ち込まれたウィルスだ。感染防止には予防接種が最も有効のため、既住歴や接種歴の確認が大事。

170502

仙台市立中学生の自殺が、三年間で三人目となった。わが子はなぜ自ら命を絶ったのか。遺族の親の悲痛な問いだろう。その理由を求め、裁判を起こしたり、市教委に再調査を訴えている。事実一つを知るにも学校の壁は厚い。2015年に中学生が自殺した福島県矢巾町では先月町いじめ防止対策条例が施行された。住民あげて子供を見守る取り組みという。学校、家族、地域が再びつながらなくてはならない。

170503

言論の自由を脅かすものには敢然と筆で立ち向かってゆきたい。30年前の5月3日、朝日新聞が散弾銃を持った男に襲われ、記者二人が殺傷された。亡くなった記者と遺族の無念は報道に身を置くすべての者に伝わる。事件の公訴時効成立を受けて作家の辺見さんが社会全体を覆う重たい空気を論評にかいた。犯人が反日朝日は50年前にかえれと迫り、朝日は戦前には戻らないと脅しを拒否した。その言葉は真に実行されたのか。上っ面の言葉でなく、闘えと1人の記者として重く受け止める。

170504

寄り添うという言葉の本来の意味は体が触れるほどぴったりとそばに寄るである。一朝一夕にできる距離感ではないが、昨今、手軽な政治用語になっている。被災地に関する政治家の発言の不祥事の火消しによく使われるようになっている。被災地が仕事場である復興庁が遠い東京にあり、大臣が視察に出張してくること自体、寄り添えない理由ではないか。新任の吉野復興相には現場で作業着を着て声を集めてほしい。

170424

つらい出来事や悲しみを乗り越えて生きていくためには、夢を持って前に進んでいこうというメッセージをこめたミュージカルの公演が始まった。慶長遣欧使節団が出航した二年前に慶長津波仙台藩を襲った。被災からの歳月の短さに使節派遣団は被災地復興策だったとも考えられる。そうした説に想を得たミュージカルとなっているが、宮城県内の子供たち一万人を招待する計画がある。一人でも多くの子供たちに観劇を機に大きな夢を持ってほしい。これは、観劇に携わる全ての人の願いだ。

170423

東京電力福島第一原発の構内で仕事をしている人々は大半の区域を防護服なしで歩く。凄惨な戦場のようだった原発にも日常がようやく戻りつつある。しかし、原子炉建屋の内側には溶融燃料が手つかずで残されており、廃炉への作業は40年続くといわれている。廃炉のため働く第一原発の隣で、いまだ帰還困難区域を抱え無人に近い街がある。どちらも、原発事故の終わらぬ現実である。

170421

今、世間では第三の将棋ブームといわれている。将棋が関わっている映画が相次ぎ公開され、将棋の最年少プロ棋士藤井四段が連勝記録を更新中で注目を浴びている。山形県の将棋駒組合も、いい駒を作って将棋ブームを後押しするつもりでいる。